2016年09月22日

祭りのあと

今年も秋のお祭りが終わりました。
私も地元の神社のお神輿を担がせて頂きましたが、やっぱり重かった!まだ肩の痛みが抜けません。
エネルギッシュな担ぎ手の皆さんを見て、私も見習わななければと思いました。

ところで、先の都知事選の惨敗候補・増田寛也氏が、何とこの度、突如として杉並区顧問に就任することになりました。
東京都知事としては民意を得られなかったが、区の顧問としては適任ということなのでしょうか。

都知事選において、区長会は増田寛也氏に出馬要請を行い、同候補を支援していました。
田中良杉並区長も、区内で増田候補の応援演説を展開していました。
が、思えば、岩手県知事時代には6000億あまりだった県の借金を1兆2000億円強と倍近くに膨れ上がらせ、総務大臣時代には地方消滅を唱えて都の財源を過去7年間累計で1兆円以上も奪い去ったような増田氏に、出馬要請など行う区長会の方がどうかしていたのです。
田中区長も、余儀なく足並みを揃えざるを得なかったものかと推察していましたが、その増田氏を区の顧問に就任させるという今回の人選は、さすがに理解に苦しむものがあります。

そこで、増田氏の区顧問就任の経緯を先日の議会で問うたところ、区長に
「政治家に完璧な人間は存在し得ない。田中議員のような物差しで人物を評価するのはちっちゃい、狭い」
との答弁を頂きました。
私は区長のこの答弁の方がよほどちっちゃく、狭いのではないかと思いますが、この話はまた別の機会にでも。

posted by 田中ゆうたろう at 11:31| Comment(3) | 日記

2016年08月15日

終戦の日に思う

天皇の歴史は125代の長きにわたります。
さすがに125代だけあって、中にはとてもユニークな方もいらっしゃいました。

奈良時代末期の女帝・称徳天皇などは、その最たる例といえるでしょう。
何しろ、ご自分が寵愛する怪僧・弓削道鏡に皇位を譲ろうとなさったのです。
もちろん、道鏡は皇族でも何でもありません。
あと一歩のところで、皇室は弓削氏に乗っ取られるところだったのです。
幸い、忠臣・和気清麻呂やその姉・広虫らの活躍で、この乗っ取りは未然に阻止されました。が、これを憎んだ天皇は、清麻呂を穢麻呂(きたなまろ)、広虫を狭虫(さむし)と改名したあげく、二人を遠国に配流なさっています。
天皇の崩御後、道鏡は失脚する一方、清麻呂も広虫も帰洛を許され、名誉を回復しましたが、彼らの活躍がなければ、皇室は奈良時代で途絶えていたかもしれないのです。

こうした実例を見れば、天皇だからといって、全てが全て名君ばかりでいらしたわけではないことがわかります。
敬うべきは125代、2676年にわたる歴史であると私は思います。

何事によらず、やみくもに「正しい」「ご立派だ」などと決めつけることが、必ずしも正解とは限らない。
思考を停止すべきではありません。

posted by 田中ゆうたろう at 23:52| Comment(6) | 日記

2016年08月10日

陛下のお気持ちを拝して

杉並区は、原水爆禁止署名運動発祥の地です。
今月6日の広島原爆忌、そして9日の長崎原爆忌に際し、改めて平和の尊さに思いを致したいと考えていた矢先、8日に天皇陛下によるお気持ちの表明が行われることになりました。

そして8日、陛下は「個人として、これまでに考えて来たことを話したい」と語り起こされ、「これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるか」考えるようになったと述べられました。
陛下はまた、「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」「これまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります」とも述べられています。

陛下ご自身が述べられているように、陛下個人の切実なお気持ちを述べられたものと拝察します。
特に、ご自身のご家族に何度か言及されていることが印象に残りました。

原爆投下という二度の惨禍の犠牲者に対し、日本国民はもとより世界中の人々が追悼の念を捧げている最中というタイミングでしたので、何か健康上の差し迫った理由でもおありになるのかと深く案じています。

いずれのお言葉も、国民として重く受け止めなければならないと感じつつ、「遠隔の地や島々への旅」は、恐れながら当面お取り止め頂きたいと思います。陛下が各地に眠る戦没者を慰霊されることは大変ありがたいことですが、お体にさわってはいけません。
また、全体として、まずご家族の内部で解決なさるべき事柄も少なくないように感じました。例えば、もし仮に陛下が譲位なさったとして、それでは一体どなたが新しい天皇・皇后におなりになるのか、私などには想像もつきません。

さらに、今回のお言葉は、今後政治利用される危険が極めて高いことも、不本意ながら指摘しておかなければなりません。
報道によれば、韓国紙、東亜日報は9日付の社説で、天皇陛下の「生前退位」をめぐるビデオメッセージを取り上げ、今後、日本で皇室典範の改定に向けた作業が本格化すれば、「安倍晋三首相の任期中の改憲は難しくなる」として、生前退位は「安倍首相が推進する改憲(の動き)にブレーキをかけるものだ」などと政治的に報じた由。また中央日報も同日付社説で取り上げ、天皇陛下について「機会があるたびに平和に言及し韓国への親近感を示してきた」と報道、「韓国では、安倍首相たちの右傾化を牽制する“百済系平和主義者”としての評価を受けている」との見方を示し、生前退位が「北東アジアに及ぼす影響を注視する」と主張した由。
すでにその兆しは見えているのです。

陛下個人のお気持ちは、国民として肝に銘じなければならないことは確かです。
同時に、天皇は125代、2676年にわたる歴史があり、そしてこれからも悠久に続いていくものです。
そのことを考えると、今上陛下お一人のお気持ちだけをきっかけに、国民もただ一時の感情にかられて、制度を変えることには、慎重を期さなければならないと思います。

posted by 田中ゆうたろう at 10:19| Comment(1) | 日記