2015年05月05日

地名を変えることの是非

報道によると、ある地域でこの春、字(あざ)名の読み方が変わったそうです。
「溝(どぶ)」を連想させるこれまでの読み方から、新しい読み方に変わったのだそうです。
地元では昨秋、住民554人の約8割の署名を集めて呼称変更の要望書を市長に提出。これまでの読み方のため、「子供が学校で馬鹿にされることもあった。土地や建物の資産価値にもマイナスだ」と訴えたとのこと。
これを受け、市議会は昨年12月、4月1日からの変更を全会一致で可決。
市によると、地名自体を変えるには戸籍や土地台帳の変更などで手間や費用がかかり、住民も免許証などの住所を改める必要が生じるが、読み方なら市議会の承認があればよく、費用はゼロ。地元関係者は「住民に負担をかけずに変更が実現でき、皆さんに喜んでもらえた」と話しているそうです。

地名を変えることの是非。大変難しい問題だと思います。私もその地域に住んでいたら、どう感じていたかわかりません。住民の方々の思いを考えれば、やむを得ない選択だったのかも知れません。
ただ、一般論として、地名は意外なメッセージを暗示している場合があります。昨年の第3回定例会における一般質問の中で、私は以下のように述べました。

「広島土砂災害をめぐっては、1つ大変気になる報道があった。それによれば、特に被害の大きかった安佐南区八木地区について、住民は『かつてこの地は蛇落地悪谷(じゃらくちあしだに)と呼ばれていた。蛇が降るような水害が多かったことからそのように呼ばれていたらしい』と話したとのことである。もしこれら住民の語り伝える話が真実であるならば、地名というものはおろそかにできないと思う。」

良くない意味の地名を変えたいと願う住民の心情は、とてもよく理解できます。
しかし、もし地名が理由で子供が学校で馬鹿にされることがあれば、地名を変える前に、まず馬鹿にする子供を叱るべきではないでしょうか。また、地名は時に、土地や建物の資産価値以上に大切な、例えば住民の生命にかかわるようなメッセージを含んでいることも忘れてはならないと思います。

 字(あざな)にはその名に宿る霊(たま)あるらし
 そのささやきに耳を澄まさむ

posted by 田中ゆうたろう at 10:04| Comment(5) | 日記