2015年06月29日

同性パートナーについて考える

最近の報道から、気になったものを2つご紹介します。
まずは今月26日12時5分配信の毎日新聞より。

(引用はじめ)
「兵庫県宝塚市がLGBT(性的少数者)を支援する条例を検討していることに関し、大河内茂太議員(自民)は26日、市議会本会議で行った『宝塚に同性愛者が集まり、HIV(エイズウイルス)感染の中心になったらどうするのか、という議論が市民から出る』などとした発言の取り消しを議会運営委員会で申し出て承認された。発言は24日にあり、『人権侵害だ』と問題化していた。

同性カップルを結婚に相当する関係と認めて証明書を発行する条例が東京都渋谷区で施行されたことを受け、宝塚市は今年4月、同様の条例制定などを検討する部会を設置。大河内議員の今回の発言は一般質問の中で行われた。北野聡子議員(市民ネット宝塚)が途中で遮り、発言の取り消しを求めて議論が紛糾。議会は中断した。

北野議員は『宝塚に同性愛者が集まるというのは根拠がない。同性愛者やHIV感染者への人権侵害だ』と批判していた。大河内議員は当初『同性愛者を差別する意図はない』などと述べていたが、議会運営委の終了後、取材に『同性愛者とHIVには、密接に関わりがあるという誤解を与えかねない。申し訳ない』と話した。」
(引用おわり)

この報道が事実とすれば、北野聡子議員の批判の方こそ根拠にとぼしいといわざるを得ません。宝塚市に同性パートナー条例が制定されれば、同市に同性愛者が集まることは容易に想定されるでしょう。事実、渋谷区でも同様の事態が起きています。
そして何より、大河内茂太議員の態度が解せません。同議員は本会議でちゃんと
「という議論が市民から出る」
と発言したそうではありませんか。様々な議論が市民から出ることは当然で、むしろ健全なことだと思います。
謝罪の弁の中で「同性愛者とHIVには、密接に関わりがあるという誤解を与えかねない」と話したというのですが、これも疑問です。男性同性間の性的接触がHIV感染の大きな原因の1つであることはまぎれもない事実です。厚労省の最新の調査によると、男性のHIV感染者のうち、同性間の性行為で感染した比率が約72%、異性間の性行為で感染した比率が約17%、それ以外が約11%となっています。
要するに私は、大河内議員は謝罪する必要などまったくなかったと思います。
それにしても、渋谷区の同性パートナー条例がこうして他自治体に悪影響を及ぼしつつあることを深く憂慮せざるを得ません。くれぐれも渋谷区の轍を踏まぬよう、宝塚市の賢明な判断を期待したいと思います。

次に、今月24日12時0分配信のスポニチアネックスより。
タレントのマツコ・デラックス氏が「爆弾発言」をしたというのです。
タブロイド紙だからといって侮ってはいけません。概略は以下の通り。

マツコ氏は「(子どもは)あたしが絶対に手に入れられないものじゃない。寂しいって思いがあるのよ。最初はそんなに(ナインティナイン矢部浩之氏の結婚で寂しいとは)思わなかったけど、よかった、おめでとうって思ったよ、普通に。でも、みんな、幸せになるんだなぁっていうね」と告白したところ、矢部氏が「子ども、作ったらええねん。産んでもらうのよ」と水を向けると、マツコ氏は「同じ話、このあいだ、ロケバスの中で(明石家)さんまさんとして。さんまさんもそう言うけど、手順を踏みたいの(笑い)。嫌なの、契約的なものは嫌なの。手順?分かんない。踏めないよ。だけど、踏みたいの。奇跡的に愛する女性とかに現れてほしいの。『えっ、あたし、女の人好きなの?』っていうね。それで、ちゃんと愛し合って、産んでもらいたい」と女性との恋愛結婚への願望を明かしたそうです。
矢部氏が「それ、あり得るんちゃう?」と言うと、マツコ氏は「いやー、今のところは全く想像すらできないけど。変なところ、道徳性が強いの。じゃあ、誰かあたしでもいいよっていう女の人がいたら、子どもつくろうよとかできるわけじゃない?何か嫌なの。そこに愛がなければ嫌なのよ。そしたら、気持ち悪いって、さんまさんに言われた」と愛に飢えている現状を語り、最後は「あたし、子どもできないかなぁ」と笑いを誘ったというのです。

いやいや、笑いを誘っている場合ではないでしょう。日本の、いや世界の将来にかかわる一大事です。
「環境的にやむをえない同性愛はもちろん環境の変化によって治るが、本質的倒錯は変わらない」と高良武久医師の名著『生きる知恵』にも記されています。「自分は本質的倒錯である」との自覚があれば、「奇跡的に愛する女性とかに現れてほしいの」などという言葉は、まず出てこないのではないでしょうか。
「自分は同性愛者だ」というのは、誤った固定観念である可能性があることを、先般このブログで述べました。マツコ氏も、明確な自覚がないだけで、実は両性愛者なのかもしれません。本人もそれをうすうす感じた上での先の発言なのではないでしょうか。
「変なところ、道徳性が強いの」というのは大変素晴らしいことです。(変なところじゃなくて肝心なところですよ、と言いたいところでもあります。)マツコ氏のような方が好きだという女性も、世の中には少なからずおられることでしょう。異性と結婚し、子供を授かることは夢でも何でもありません。ぜひ婚活にトライしてみてはいかがかと、勝手ながらエールを送る次第です。
マツコ氏は、日本を代表するオカマと言ってよいでしょう。ぜひ、先鞭をつけて頂き、世のオカマさんやオナベさん達に希望を与えて頂きたいと思います。

posted by 田中ゆうたろう at 17:08| Comment(22) | 日記

2015年06月15日

子供を守るのは親の務めです

千葉県銚子市で、家賃を滞納して県営住宅の明け渡しを求められていた母親が、13歳の長女を殺害した罪などに問われた裁判で、千葉地方裁判所は「娘の未来を無残に奪った犯行の結果は重大だが、被告は身近に頼りにできる者がおらず、長年、生活に困窮するなか、強制執行によって住む場所を失うことが現実になると知り、精神的に追い込まれて、突発的に犯行に至っている。そのような状況を招いた原因のすべてが被告自身にあったと言うことはできず、強く非難できない状況も認められる」などとして、懲役7年の判決を言い渡しました。
専門家は「事情も聴かずに立ち退きを強制した千葉県にも、経済状況を聴取せずに生活保護の申請を受理しなかった銚子市にも問題があった」と話しているそうです。
「強く非難できない状況も認められる」「千葉県にも銚子市にも問題があった」…果たしてそうでしょうか。
生活保護の不正受給が久しく問題となっていますが、この場合は生活保護の不正不受給というべきでしょう。
銚子市社会福祉課は「制度の説明を聞きに来ただけだったので、詳しい事情の聞き取りはしなかった」と説明し、立ち退きを求めた千葉県住宅課も「被告の生活状況は把握していなかった」と説明しているといいます。被告自身が自己破産も生活保護の申請もしていないのですから、当然の対応でしょう。
あたかも県や市にばかり問題があったかのような論調が一部のマスコミに見受けられますが、おかしな話です。
自分の子供は自分で守る。当たり前の話です。一番の犠牲者は母親ではなく殺害された長女の方です。心よりご冥福をお祈りします。

子供を守るのは親の務めです。実の母親に殺された長女の絶望を思うと、「強く非難できない状況も認められる」という裁判長の言葉に100%共感することはできません。

posted by 田中ゆうたろう at 09:49| Comment(8) | 日記

2015年06月04日

結婚は男と女がするものです

結婚は、男と女がするものです。こんなことは言うまでもないと言いたいところですが、そうも言えない風潮になってきました。
男と女がするものだ、そういう昔ながらの結婚観は、同性愛者への差別だというのです。
実におかしな風潮です。歌舞伎は女性差別、宝塚は男性差別でしょうか。
会津藩の掟ではありませんが、ならぬものはならぬものです。
男同士、女同士の結婚など、論外、もってのほか、ならぬものはならぬのです。

その上で、「自分は同性愛者だ」と思い込んでいる方々に、私はお尋ねしたいと思います。
本当にあなたは、同性愛者ですか?
最近はマスコミにやたらと同性愛者、それもマスコミ受けしそうな極端な芸風(ゲイ風?)のタレントがたくさん出てくるので、そういう環境につい影響を受けて、自分もそうだと思い込んでいるだけではないですか。
もしかしから、本当は両性愛者なのではないですか。
だとしたら、ここはひとつ、思い切って結婚をお考えになってみてはいかがですか。
「環境的にやむをえない同性愛はもちろん環境の変化によって治る」と、高良武久医師の名著『生きる知恵』にも記されています。
現代人は残念ながら、自らの性について誤った固定観念に陥りやすい環境に囲まれています。
毎日のように大量に垂れ流される偏った情報に、振り回されてはいませんか。

現在、杉並区議会では第2回定例会が開かれています。先日、他の議員による性的マイノリティーに関する一般質問に対し、区は次のように答弁しました。
「渋谷区の同性パートナー証明書発行の取り組みについては、既存の法制度との整合性等の課題とともに、婚姻のあり方や家族観など区民の中にも賛否様々な意見があるものととらえており、なお慎重に考えていくべきものととらえている。」
渋谷区の取り組みについて、第1回定例会を通じ疑義を呈し、杉並区の慎重な対応を求めてきた私としては、まず、最低限の常識は押さえた答弁だったと受け止めています。
家族の絆を守り抜くために、私はこれからも渋谷区の取り組みが杉並をはじめ他自治体に影響することを強く牽制していきます。

人間の精神は複雑です。殊に日本では、その辺の線引きは昔から曖昧でした。光源氏は空蝉に袖にされた憂さ晴らしにその弟と事に及び、弥次さん喜多さんもそういう仲だったといわれています。同性愛者だ異性愛者だと決めつけること自体、ナンセンスなのです。
「自分は同性愛者だ」というのは、誤った固定観念である可能性があります。
結婚は、その可能性に気付かせてくれる、今日きわめて重要な制度なのです。


私だって、もし将来何かの間違いで妻と別れたら、どんな錯覚を起こすかわかりません。

posted by 田中ゆうたろう at 11:49| Comment(65) | 日記