2016年02月21日

碧雲荘と桃園川

先日、作家・太宰治が住んだ杉並区天沼3丁目の民家兼アパート「碧雲荘」が、区による取り壊しの危機を免れ、大分県由布市に移築されると報道されました。同市で古民家を生かした旅館を営む経営者が、「地元の活性化になれば」と引き受けたとのことです。
私は碧雲荘を何としてでも保存したいとの考えから、昨年、第4回定例会でこの件を取り上げました。抜粋してご紹介します。

「この建物を何らかの形で現地に残していただきたいと考えますが、区の見解を伺います。建物を完全に残すことができれば、これにこしたことはありませんが、たとえ全面保存が難しくとも、せめて太宰が暮らした2階8畳間の部分だけでも、当該地に建設予定の区立施設内の一画と融合させるなどの工夫を図っていただけないものでしょうか。
古民家を活用した建築物の一例として、阿佐ヶ谷の小劇場、ザムザ阿佐谷を挙げることができます。ほかとは異なる、古民家ならではのぬくもりあふれるこの劇場にちりばめられた知恵を、この碧雲荘保存にも生かせないものでしょうか。
碧雲荘は、壊してしまえば二度と取り返しのつかない貴重な遺産であります。福祉とともに文化へのまなざしも忘れない杉並区の最大限の配慮を要望します。」

この私の一般質問に対する区の答弁は、「碧雲荘の建つ敷地は、国との財産交換に伴う区立施設の整備に必要なため購入したものであり、現地で建物をそのまま保存していくことは難しいと判断をしております。なお、碧雲荘は、先ほどお話がありましたが、太宰治が昭和11年11月から約7カ月間下宿していたとお聞きしておりますので、今後整備する区立施設の中に記念碑などを残すことを検討しております。」という内容でした。

正直、記念碑などでは話にならないと思っていた矢先の、この度の由布市移築の報。
碧雲荘保存に向けて、杉並区として何ら力になれなかったことを口惜しく思うと同時に、移築を引き受けられた由布市旅館経営者の御英断に心より敬意を表します。

文化を守るためには、近くの行政より遠くの篤志家ということでしょうか。

話は変わりますが、ここ数年、我が家に程近い桃園川緑道を散歩することが私の趣味の一つとなっています。
緑道の下にはかつて桃園川という小川が流れていましたが、底が浅いため、大雨の度に洪水になっていました。そこで昭和40年、下水にして上に公園をつくったものが、この桃園川緑道です。下水は桃園川幹線といいます。
縄文の昔から人々の生活とともにあったという小川自体は姿を消しましたが、将軍徳川家光ゆかりの由緒ある桃園の名は、今も緑道に下水に受け継がれて、人々の記憶に刻まれ続けています。
ふと、小倉百人一首の「滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ」という大納言公任の歌を思い出してしまいます。そこで公任にならって私も腰折れを一首。

  桃園の道辺の蓋に耳寄せて在りし川面の夢を見るかな

といった次第で、深夜や早朝、中野や高円寺の行き帰りに、桃園川緑道のあちこちに点在するマンホールにこっそり顔を近づけて、「ザーッ」という地下の音に耳を澄ませながら、私の生まれる前には流れていたという幻の川に思いを馳せることは私ひとりのいささか特殊な趣味かと思っていたのですが、さにあらず、現在発売中の月刊誌『東京人』3月号の特集記事「中央線の魔力」には、「桃園川暗渠さんぽ」と題する一文が寄せられ、決してマニアは私だけではなかったと思い知らされる今日この頃です。

碧雲荘を守れなかった杉並区ですが、隠微な魅力あふれるこの暗渠を、私は当区の往時をしのぶせめてものよすがにしたいと思います。

posted by 田中ゆうたろう at 14:21| Comment(14) | 日記

2016年02月14日

自称「育メン」3条件

週刊誌に不倫疑惑を報じられた衆院議員の某が、報道を認め、議員辞職を表明しました。しかも記者会見によると、浮気相手は件の女性タレントだけではなかったとのこと。
呆れかえって二の句を失っているのは、私だけではないでしょう。

父親の育児参加の促進に悪影響が出ることを懸念します。
と同時に、今回の件は、「大の男が臆面もなく育休育休言うな」という天の声でもあるのでしょう。

国会議員は育休中も議員報酬が満額支給されるから困らないのでしょうが、一般の労働者が育休を取れば、手取りが大幅に減ってしまいます。共稼ぎの場合、両親が2人一度に育休を取れば家計が回らなくなる場合が多いでしょう。
本当に父親の手が必要なのは、生まれてくるのが第2子以降である場合、母親の入院中とその後1週間程度でしょう(上の子供の世話のため)。これなら有休で何とかなる場合も多いのではないでしょうか。

男性の育休取得が、職場に対していかに大きなダメージを及ぼすかということも考える必要があるでしょう。そもそも、中小企業などで、育休を取ろうにも取れない人も大勢います。
この議員の場合、いなくても国会運営に大した支障はなかったのでしょうか。だとすれば大変な税金の無駄遣いということになります。

あと、今回の件は、同じく衆院議員である夫人の側にも問題があると思います。
問題が発覚する前の段階では、夫と2人、マスコミの前で能天気にはしゃぎ回っていたではありませんか。そんな暇があったら、多かれ少なかれ世の中に迷惑をかけることになる夫の育休宣言を、妻として諌めるべきだったのではないでしょうか。
「恥をかいてきなさい」とダメ夫を一喝したそうですが、彼女もまた、男を見る目がまるでなかったこと、薄らバカの売名行為にひたすら加担し続けたことを少しは恥じて良いところでしょう。
要するに、罰が当たったという話です。

つい昨日まで「育メン」ともてはやされていた某衆院議員。一皮むけばただのチンピラに騙されないよう、私がこれまでに観察してきた自称「育メン」3条件をここにご紹介します。
1.自分達は「育メン」であると同時に「イケメン」であると勘違いしている。
2.自分達は賢いと勘違いしている。
3.実はものすごく女性をバカにしている。


往々にして痛々しい、しかし本人達はお得意のファッションに身を包んでやたら人前に現れたがるのは1のせいです。
また、自分達と異なる価値観の持ち主を、「昭和のオヤジ」などとレッテル張りして蔑むのは2のせいです。彼ら自身もしばしば十分昭和のオヤジなのですが、そのことを彼らの脳は残念ながら理解できません。
そして、最も重要なポイントが3であるわけですが、これについては、某センセイのこの度の行状が何より雄弁に物語っています。女に尻尾を振る男には気をつけろという、まあ身も蓋もない話です。

要するに、彼ら自称「育メン」には共通して、品のない「裏」が存在するのです。
世の女性はこんなのにうかうかと遊ばれないよう、世の政党はこんなのにうかうかと公認なんか出さないよう、謹んでお祈り申し上げます。
チョコレートを選ぶ前に男を選べという話です。

それにしても、生まれてくるや否や、バカでスケベな自分の父親に「申し訳ございませんでした」などと国民の前で謝罪されてしまった子供さんだけは、本当にお気の毒ですね。

posted by 田中ゆうたろう at 10:34| Comment(58) | 日記

2016年02月04日

杉並区に妖怪はいたのか、または今でもいるのか

昨年、漫画家の水木しげる先生が亡くなられました。
水木先生にお会いしたのは一度だけ、学生時代にサイン会でご著書にサインして頂いたのが、今にして思えば最初で最後になってしまいました。
私は、小学生時代、水木先生に弟子入りするのが夢でした。そんな絵心はないと諦めてからも、先生は間違いなく私にとって偉大な人生の師でした。
先生が私に教えて下さったこと、それは、「目に見える世界がすべてではない」ということです。

水木先生に関する思い出はたくさんありますが、最も印象に残っていることをご紹介しましょう。
私は小学校に水木先生の本をたくさん持ち込んでいました。ところが翌日になると、それがすべて担任の教員に没収され、黒板前の教卓にうず高く積み上げられているのです。
担任いわく、「漫画は禁止。特にこういう気持ちの悪いものは禁止」とのことでした。
「漫画は禁止」というのは一種のルールとして理解できないこともありません。しかし、「特にこういう気持ちの悪いものは禁止」とは一体何たる暴言でしょう。
小学生だった私は、尊敬する水木先生を侮辱されたようで、憤りを覚えたものです。
極めつけは道徳の時間でした。何と彼は自分が大好きなアニメ映画『風の谷のナウシカ』を教室で流したのです。何のことはない、要するに彼は宮崎駿氏の大ファンだったのです。『ナウシカ』だって漫画ではありませんか。それに宮崎氏の漫画は、それはそれで優れているとは思いますが、はっきり言って私の好みではありません。私のような根暗なジメジメとした妖怪みたいな人間からすると、氏の絵は何というか、まぶし過ぎるのかもしれません。
それでいて、化け物が出てくるところは水木先生の漫画と何ら変わりません。当時の私には、宮崎氏の描く王蟲だの巨神兵だのといった架空の生命体の方が、水木先生の描く妖怪、一反木綿や塗り壁なんかよりよっぽど気持ち悪く感じられました。
つまるところ私は、この担任から、「この世は不条理である」ということを道徳の時間で学びました。
思えば当時の道徳の授業は、教員の自由裁量でやりたい放題でした。私は道徳が教科化されて本当に良かったと思います。

そんな私ですから、NHKの朝の連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で主役の水木ご夫妻を美男美女が演じ、その人生が何やら明るい主題歌に乗って爽やかなサクセスストーリー風に描かれているのを観た日には、何とも言えない隔世の感を味わったものでした。だいたい「朝は寝床でグーグーグー」という『鬼太郎』の歌詞は水木先生ご自身によるものですから、そもそも朝の連ドラなんかと水木先生の世界観がマッチするはずもないのです。
「夜は墓場で運動会」、それが水木先生の世界です。師を偲んで一首。

  鬼太郎やねずみ男と今頃は楽しく朝寝すらむ我が師は

そんな話を、昨日、杉並区内のさる会合でお話しさせて頂きました。
そういえば、杉並区には妖怪はいたのでしょうか。または、今でもいるのでしょうか。
というようなわけで、早速『杉並の伝説と方言』という本を借りてきて、今読んでいるところです。

posted by 田中ゆうたろう at 21:20| Comment(9) | 日記