2018年06月09日

児童虐待死を、一部の政治家や法律家らのイデオロギーに利用させてはならない

 目黒区の5歳児虐待死事件。先日、この2人には極刑が相当ではと述べたところ、「それは言い過ぎでは」と何人かの方からご助言頂きました。ご厚意に心から深謝致します。

 しかし、案の定、今回の事件は「日本は親権が強すぎるせいだ」などと言い放つ政治家が現れ始めました。恐ろしいことです。
 彼らはこうした児童虐待事件を口実に、日本の家制度を攻撃するのです。家制度が弱体化すれば、親の責任意識は希薄化し、ますますこうしたならず者ならぬ「ならず親」は増えるでしょう。
 彼らのような政治家に隙を与えないためにも、そして何より、鬼畜のような親から無力な子供達を守るためにも、児童虐待の厳罰化は断じて急がねばなりません。

 さらには、ネット上で次のような法律家の意見を目にしました。

《以下、要約はじめ》

 親を死刑にせよとか、厳罰化しなければ虐待は防げない、といった意見も、子供の死を前にしては情緒に直接訴えるので、やはり説得力がある。
 しかし、虐待を受けて育った親が、今度は自分の子供を虐待してしまうという連鎖がある。
 厳罰化という抽象的なペナルティにより、虐待死が防げるだろうか。
 多くの場合は虐待をやめられないことに悩みつつも、児童相談所に発覚すると最悪の場合は警察に逮捕されることをおそれ、助けを求められず、追い詰められている。
 親が貧困、病気、障害等の問題を抱えているケースが相当な割合で含まれていると思われる。同様の虐待死の発生を防ぐには、貧困・孤立対策こそが必要だろう。

《以上、要約おわり》

 貧困・孤立対策それ自体は意義あることですが、安直に児童虐待と絡める発想には賛同しかねます。
 子供は、貧しい親よりもっと無力です。子供の人権を第一に考えるべきです。
 そもそも、経済的に苦しくとも立派に子供を育てる親もいます。一方、裕福でも子供を虐待する親もいます。別の話にすり替えるべきではありません。
 要するに、虐待され、抵抗もできないまま命を奪われる無力な子供達の声にリアルに向き合うかどうかの問題です。

 今回のような児童虐待死を、一部の政治家や法律家らのイデオロギーに利用させてはなりません。

posted by 田中ゆうたろう at 17:39| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
タイトル見て、たまにはいいこと言うと思って開いた俺がバカだった。
Posted by at 2018年06月10日 08:43
久しぶりにここを覗いてみましたが、自分の気に入らない意見を徹底的に批判非難し、言論統制も含んだ罵詈雑言を浴びせるパヨクには、本当に怒りの念を禁じ得ません。

でもゆうたろう先生は、そんな意見にもきちんと耳を傾け、決して削除するような真似はしない。

メディアに登場しない部分で、ゆうたろう先生がいかに地域貢献に邁進しているか、該当地域の有権者は良く知っていますよ。

ゆうたろう先生、頑張れ!応援しています!
Posted by 通りすがり at 2018年06月16日 23:12
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