2018年05月21日

田中良杉並区長による女性議員へのパワハラ行為を議場で糺(ただ)す

 狛江市長による職員へのセクハラ疑惑が世間を騒がせていますが、我が杉並区も他人事ではありません。
 何しろ現区長・田中良氏は、職員どころか女性区議に対し、議会の席上、パワハラ行為に及んでいるのです。証拠(音声・議事録)もはっきり残っています。
 この件について、私は先の第一回定例会で糺しました。以下、引用します。

《引用はじめ》

〇一般質問(田中ゆうたろう):
田中良区長は昨年の第四回定例会・保健福祉委員会で、女性議員に対し、机を強く叩き威嚇、パワハラ紛いの暴挙に及んだ。
政治という言論の府にあるまじき蛮行という他ない。議員に対してさえその有様であるから、まして職員に対し日頃どれほど威圧的にふるまい、おびえさせていることか案ぜられる。
「女性の社会進出支援」なる口癖も、空言であったことが明らかである。
このような区長が「いじめはよくない、やめよう」などと宣(のたも)うたところで何の説得力もない。
特定議員・特定会派のみならず、区議会全体への冒涜(ぼうとく)を猛省の上、議会に対し謝罪せよ。

〇答弁(総務部長):
ご指摘のような意図はない。

〇再質問(田中ゆうたろう):
意図がなければよいのか。

〇答弁(総務部長):
委員会当日の会議録をご覧頂ければわかると思うが、「気合を入れて答弁しなければならないと思ったから机を叩いた。威圧と捉えられれば誤解で、そう捉えられていたとすればお詫(わ)びする」と述べている。

《引用おわり》

 保育料の唐突な値上げに対し、「保育園を急激に増設した時点で、保育関連経費が膨れ上がることもわかっていたはず。保護者らには、保育料の見直しも検討していることを時間をかけ説明し、理解を得ておくべきだったのではないか。杉並区の保育施策に関して、将来的なビジョンが伝わってこない」との質問を行った女性議員に対し、突然、区長が机を強打。
 会議録にも「(区長、机をバンとたたく)」と極めて異例の記載がなされてしまうほどの高圧的な答弁態度に苦言を呈したものです。

 通常の特別委員会は中継もされず、審議過程が区議会だよりに記載もされず、会議録しか残されません。よって、こうしたパワハラ行為が区民の目に伝わりにくいことは大きな問題です。
 そのため、恥ずかしい話題ではありますが、あえて議場での一般質問に取り上げました。


 どれほど政治信条が異なる相手であっても、決して許される行為ではありません。ハラスメント(嫌がらせ、いじめ)には、今、世間の厳しい目が注がれています。
 現区長は、政治家としての資質に欠けると言わざるを得ません。

posted by 田中ゆうたろう at 21:51| Comment(2) | 日記

2018年04月06日

女性の機転をこそ讃えるべきで、行司を簡単に責めるべきではありません

 一昨日、京都府舞鶴市で行われた春巡業で、舞鶴市長が土俵上で挨拶中に倒れた際、応急処置に関わった女性に対し、行司が場内アナウンスで「女性は土俵から下りてください」と複数回伝えたことが波紋を広げているようです。
 機転を利かせた女性の行動は当然賞賛されるべきと思いますが、私は、この行司を簡単に責めることはできないと思います。
 どうも世間は、女性賞賛・行司非難一辺倒のようですが、行司は果たして市長が倒れたことを明確に認識した上でアナウンスを流したのかどうか。
 もし、明確に認識していなかったとすれば、行司のアナウンスもまた、ある意味では機転を利かせた行動だったと言えるのかも知れません。まず、そこのところが、問題にされているようには見受けられません。
 また、仮に明確に認識していたとしても、だからといって、この行司を寄ってたかって袋叩きにして良いものか。
 「現状の把握・判断という点で、今少し主体性を持つことが求められる」といった趣旨の行司批判が散見されますが、「女性は土俵に上がってはならないという大相撲の伝統は、それほど重い」といった趣旨の指摘は、今のところ見当たりません。

 生命も伝統も、ともに尊いと私は思います。
 野田聖子男女共同参画担当相は、今日の閣議後記者会見で、今回の一件に関し、「この国の伝統を重んじる一人として、これまで疑問を持ってこなかったが、日本相撲協会で今回の事例を受けどう歩むかを決めてもらえればよろしいのではないか」との旨を述べたそうですが、私には浅い、一面的なコメントのように思われてなりません。
 例えば、女人禁制の聖地で同様の事態が起こり、その地で働く聖職者が同様のアナウンスを流したとして、その聖職者を軽々しくなじって事足るものでしょうか。

 相撲は、明白に神事です。神事たる相撲に、自称知識人が中途半端に近代合理主義を持ち込もうとするから、煩わしい種々の問題があとを絶たないのです。
 日本文化の何たるかを解さず、相撲をスポーツと錯覚して顧みない、昨今の外国人力士の傍若無人な振る舞いなどは、その最たるものと言わなければなりません。
 今回の一件も、女性の機転をこそ讃えるべきではないでしょうか。
 訳知り顔に行司を責め立てる今の世間の風潮は、いかがなものかと私は思います。

posted by 田中ゆうたろう at 15:07| Comment(1) | 日記

2018年03月30日

「自衛戦さえ認めぬ」そんな失礼なことを、安倍首相よ、自民党よ、あなた方は自衛隊員の方々に本当に言えるのですか

 アメリカによって押し付けられた現行の日本国憲法なるものは、そもそも無効である。このことを主張し続ける私は、昨年5月、「保守政治家としての本分を思い出して頂きたい」と題し、このブログで概略次のように述べました。「憲法9条1項・2項に手をつけぬまま、自衛隊を明文化する。つまり、自衛隊を現状よりさらに無力化する安倍首相の憲法改正論は、邪道中の邪道です。安倍氏は各方面に譲歩を重ねるあまり、保守政治家としての本分を見失い、いつの間にか変質を遂げてしまったようです。」

 そんな私ですから、現在、森友問題で窮地に立たされている首相を擁護する気にはなれません。奔放な夫人のために随分ご苦労されているようですが、その夫人を好き放題にのさばらせてきたのも、結局は首相本人の責任ではありませんか。せめて今後は「女性の社会進出を支援」云々といった内容を口にされるときは、慎重の上にも慎重を期されることです。

 以前からこのブログで述べてきたように、「戦力」でない自衛隊など、意味がないのです。自衛戦さえ認められない自衛隊、そんなものをわざわざ憲法に新たに書き込み、自国を守る権利もない国家として日本を固定化するくらいなら、現行憲法の方がまだましだとさえ言わねばなりません。国家として、侵略軍は要らないが防衛軍は必要に決まっている、こんなことは今時小学生でも知っています。
 要するに、森友問題は、「日本人よ、立ち止まって猛省せよ」という天の声と見るべきでしょう。
 66年間も現行憲法を甘受してきた日本人の責任を案ずる向きもおられますが、これは「主権回復」後も事実上はアメリカの属国であり続けたのですから、致し方のないこと。強いて言えば責任はアメリカにあります。「憲法改正」を結党の趣旨とする自民党の無作為を責めるべきはないかとの指摘もありますが、時代的な限界もあったでしょう。どうしても、現実路線として「憲法破棄」の前に「憲法改正」を経る必要があるならば、「占領下の憲法改正禁止規定」と「9条削除及び修正」の2点だけで必要十分であること、これもこのブログで述べてきた通りです。現行の日本国憲法が無効であるとして、では一体何をすれば良いのかとの問いに対しては、そのことを真摯に愚直に言い続けることだと答えるより他ありません。日本の国会議員に、アメリカという国家に。

 先般、銀座の寿司屋でオバマ前大統領と「昔話で盛り上がった」という安倍首相を、トランプ大統領の逆鱗に触れる外交音痴と詰る向きもありますが、したがって私はこの点では安倍首相を責める気にはなれないのです。オバマ氏にも毀誉褒貶がつきまとうことは当然ですが、ともあれ広島を初めて訪れたアメリカの大統領です。仲良く飯を食って何が悪いのか。アメリカ大統領よ、文句があるなら今度は長崎においでなさいというところです。

 アメリカは2度も原子爆弾を我が国に投下し、民間人を無差別に大量虐殺した歴史を負っています。現行憲法は、たかだかその負の遺産に過ぎないことを日本人は忘れてはなりません。

 そして、今も日本の陸海空を守って下さっているのは誰なのか、誰のおかげで戦後日本は平和を享受することができてきたのか、それを断じて忘れてはなりません。
  
posted by 田中ゆうたろう at 11:59| Comment(0) | 日記