2017年07月22日

「お盆」再考

 今日は子供達を連れて、地元町会の西瓜割りと商店街の夏祭りにお邪魔させて頂きました。いやはや、子供達の喜んだこと!3歳の姉も2歳の妹も大興奮でした。お陰様で、一家で夏を満喫させて頂きました。お世話になった皆様、有難うございました。

 夏と書きましたが、正確には今は夏から秋へと変わりゆく「夏の土用」の最中であり、間もなく秋がやってきます。そういえば、暑い盛りではありますが、朝のラジオ体操に出かける時など、そこはかとなく秋の気配を感じることが増えてきました。

 さて、最近つくづく考えさせられているのが、「お盆」についてです。お盆とは、本来は初秋に行われる日本の祖先の霊を祀る一連の行事。日本古来の祖霊信仰と仏教が融合した行事です。
 先日、京都の知人と電話で話をしており、たまたまお盆のことに話題が及んだのですが、何か話が噛み合わないのです。お互い考えてみたところ、それはお盆の季節が京都と東京で全く違っているところから来るものだということがわかりました。
 京都の方からすれば、東京のお盆は感覚的に早過ぎるのです。
 これは、明治6年の新暦採用の結果でしょう。まだ冬の真っ最中に「新春」などと年賀状に書き込んだり、珍しくも何ともない新暦5月の晴れ空をお天気キャスターが「今日も見事な五月晴れでしょう」などと言ってみたり(もちろん「五月晴れ」は旧暦5月、つまり梅雨の合間の晴天を指すわけです)…。
 新暦採用に伴う「季節感の混乱」は、現代日本人の生活の至るところに見受けられるのですが、「お盆」はその最たるものかもしれないと最近感じています。
 「お盆」は現在、@旧暦7月15日(旧盆)…沖縄・奄美地方など、A新暦7月15日(もしくは前後の土日)…東京など関東地方ほか、B新暦8月15日(月遅れの盆。Aの地方では旧盆とも)…ほぼ全国、Cその他(8月1日など)、以上4つのうちのいずれかで行うことが多いようです。
 かつては旧暦7月15日を中心とした期間に行われていたのですから、@が最も古態をとどめていると言えるかも知れません。しかし、多くの日本人が新暦に馴染んでいる今日、新暦の日付で行うことも自然の流れとして理解できなくもありません。
 しかしいずれにせよ、お盆という日本人にとって極めて重要な行事が、地方によってばらばらというのはやはり残念なことだと私は思います。
 地方によってばらばらということが、お盆の季節感、ひいてはお盆の定義自体を曖昧にさせてしまっているのではないかと考えるのです。

 「盆と正月が一緒にきたようだ」とまで言われる、日本人にとって特別な日、「お盆」。
 「海の日」「山の日」など、新たな国民の祝日が制定される一方で、ともすれば「お盆」が形骸化してしまっていないか、これからの盆踊りシーズンに今一度、再考したいと思います。

posted by 田中ゆうたろう at 19:49| Comment(12) | 日記

2017年05月13日

保守政治家としての本分を思い出して頂きたい

 「都議選の結果は、今後の憲法改正に影響する。自民党は都連も含めて一体なわけで、安倍晋三・党総裁の下で(憲法改正を)進めるためには、都議選で勝たなければ、総裁が示した2020年の憲法改正にも大きく影響する。やはり(改憲の動きと)連動する都議選になる。」

 これは今日、自民党東京都連会長の下村博文・同党幹事長代行が、安倍首相(党総裁)が目指す2020年施行の憲法改正について述べた見解です。こうした発言を聞くにつけ、やはり今夏の都議選で、自民党を勝たせるわけには行かないと決意せざるを得ません。
 9条1項・2項に手をつけぬまま、自衛隊を明文化する。つまり、自衛隊を現状よりさらに無力化する安倍氏の憲法改正論は、ありていに言って邪道中の邪道です。自民党内からもすでに批判が噴出している(石破茂氏、伊吹文明氏ら)ように、保守の立場から言っても安倍氏の改憲論など、到底認められるものではありません。
 安倍氏と言えばすなわち真正保守であると見なすことは、今となっては疑問符が付くと言わねばなりません。安倍氏は各方面に譲歩を重ねるあまり、保守政治家としての本分を見失い、いつの間にか変質を遂げてしまったようです。
 安倍氏は石破氏や伊吹氏らの批判に、真摯に耳を傾けるべきです。

 安倍氏の変質を知らせるサインは、実はこれまでにも何度かありました。一昨年の「戦後70年安倍談話」及び「慰安婦問題日韓合意」などは、その代表的なものでしょう。破棄すべき河野談話・村山談話を踏襲し、日本の戦争を一方的に侵略と見なす自虐史観に加担してしまったのですから、失望した方も多かったでしょう。
 しかし、それ以上に私が重大視していることがあります。それは、安倍氏が今年3月27日の参議院予算委員会で、尖閣諸島における公務員常駐を検討するとしていた自身のかつての発言について、「現在はその選択肢はとっていない。」と述べたことです。氏は平成24年の自民党総裁選で、尖閣における公務員常駐の検討を訴えていたではありませんか。
 この訴えを信じたからこそ、当時自民党員だった私(現在は無所属)は、氏に一票を投じたのです。
 そして私は、参院予算委での氏の発言を聞き及び、氏にひとたびの別れを告げる日はそう遠くないことを予感しました。そして、ついにその日が来たのです。
 政府は昨日、1819年に当時の琉球王族が尖閣諸島に上陸していたことを示す資料が見つかったと発表しました。これまでに確認された最も古い1845年の英国人上陸記録をさかのぼることになり、内閣官房領土・主権対策企画調整室は「日本と尖閣が無関係だったとの中国の主張への反証となる」としていますが、残念ながらこれだけでは何の安心材料にもなりません。

 尖閣に公務員を常駐させることさえ出来ない日本政府。その政府が主導する「日本国憲法」改正案など、もとよりろくなものになるはずがないのです。安倍氏も、また安倍氏の下で憲法改正を進めるという今夏都議選の自民党公認候補予定者らも、私は信じません。
 氏には、保守政治家としての本分を思い出して頂きたいと思います。

 とはいえ、都議会自民党の対抗勢力は、果たして信頼に足るか否か?そこは依然、慎重な見極めが必要です。

posted by 田中ゆうたろう at 22:46| Comment(17) | 日記

2017年05月11日

安直なタレント候補擁立に物申す

 「いろいろお騒がせをいたしました。私自身は他人のプライベートとかどうでもいいと思っている人間なので、こんなに他人のプライベートに目くじらを立てる人が多い社会なのだなと非常に驚かされました。反省しろとか、謝罪しろとか、『なんでお前らに謝罪しなきゃいけないんだ』という思いはあるんですけど、でもね、正直ね、高円寺の皆さんに対しては謝罪したいなって気持ちはありました。」

 これは、昨年の参院選で自民党公認(東京選挙区)を有力視されていたものの、女性問題により出馬を見送った作家の乙武洋匡氏が、今年に入ってから杉並区高円寺のタウン情報誌『SHOW-OFF VOL.065』のインタビュー取材に答えたものです。
 氏はかつて、任期つき講師として、高円寺にある区立杉並第四小学校に勤務していました。

 記事を一読して、何も反省していないことがよくわかります。氏は、著名人で社会的な影響も強く、参院選出馬まで検討したほどではありませんか。氏の女性問題で傷つき、また悪影響を受けたのは、杉並第四小学校関係者だけではないのです。
 そんなこともわかっていないのかと、ただただ呆れるばかりです。

 さて、乙武氏の代わりに自民党が公認したのが、元ビーチバレー選手の朝日健太郎氏でした。氏は、税金の無駄遣いそのものとすこぶる評判の悪い「杉並区ビーチコート建設計画」に加担しています。
 この計画を強力に推進している自民党区議(石原伸晃・自民党杉並総支部長の元秘書)の区政報告にも、「日本ビーチ振興協会理事長の朝日健太郎氏は区内在住。今回のプロジェクトに全面協力してもらっています。」とあり、朝日氏の顔写真も掲載されています。
 この自民党区議は、先の議会でも「保育園だけを作るのが区の行政でもない。」などと発言し、なりふり構わずビーチコート案の正当化に努めていました。
 児童福祉法が自治体に課す保育の実施義務よりも、何ら法的義務もないビーチコートを優先しようという、誰がどう見てもまったくの無理筋。議員の自己満足もここに極まるというべきか、またはやっぱり利権絡みなのか、いずれにしてもどうかしています。

 田中良・杉並区長としては、朝日氏にビーチコートというプレンゼントを贈ることで、当時の自民党東京都連会長、つまり朝日氏擁立の責任者である石原伸晃氏に恩を売っておきたいのでしょう。来年の区長選に、自民党から対立候補を立てさせぬための露骨なまでのおもねり・貸し作りと見る他ありません。

 それにしても、乙武氏といい朝日氏といい、知名度頼みの安直なタレント候補擁立にはそろそろウンザリというのが、私の率直な感想です。
 有権者を、あまり見くびらないで頂きたいものです。

posted by 田中ゆうたろう at 16:35| Comment(1) | 日記